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Logos 今月の言葉


2015年 3月 館長からのメッセージ
  

 3月11日がきます。日本キリスト教団の北海教区では今年も北海道クリスチャンセンターで「祈祷会」を開きました(3月8日(日))。
 4年目をむかえた現状、地震のあと、津波の後、そして原発事故の現状を映像をみてから、東北教区にある震災支援センター(東北教区のなかのもろもろの活動拠点として「エマオ」という建物と人がいます。)で働いている若い牧師から、統計的にあらわれたさまざまな変容と分析、そして人びとの佇まいのお話しをうかがいました。
 初めに映像では、公的なメディアでは放映されない事象を一瞬でしたが示して一人ひとりの人間が、あの日突然に遭遇したことであることを思い起こさせました。市井の人々が手元にあったカメラを片手にその現場を映しながらの絶叫がそのまま録音されていました。
大きな家屋がそのままの形で濁流にのまれていくさま、津波の凄まじさを示していました。 地震と津波は一瞬でしたがその後をじわりじわりとその結果を紡ぎだすように広がりだしています。仮設住宅での「生活」は、福島の方々にとりましては、大都会の生活を営む人々とはだいぶ違います。親戚、縁者、人とのつながり、されに先祖が耕してきた田畑、家屋、墓地などの繋がりの中で生きている現実、「おちゃっこ」としての日常の語り合いがあるのです。仮設では朝夕の空気も全く違うでしょう。急にすべての紐帯から切り離された「毎日」は「生活」ではないでしょう。初めは何とかしよう、という対処の希望も抱いたこともありますが、それが3年、しかも改善の見込みがいよいよないな、と考えて瞬間はどんな思いでしょうか。心の中での不安、葛藤、そして高齢者で、独り身であればなおのこと、ますます、そのような現況に寄りそうこととする働き人たちは、正念場ではないでしょうか。
 近くは阪神淡路大震災での教訓、ひとは絆の中で生きている、今回、そのことから学ばなかったのです。仙台市はあと2年で仮設住宅を解消する、というのです。
 さらに原発事故による放射能汚染対策です。チェルノブイリの時、こどもの放射能被害は3年後から顕在化するといわれていましたが、福島ではまさしくそうなのです。民間の研究者たちや医療従事者たちが、ヴォランテアで、ですから時間がない、機材が十分でない、ひとがいない、そんななないないずくしですが、子どもたちの状況を、真剣に資料を整理して公開して、援助者たちに呼びかけています。放射能被害はこどもであればあるだけ深刻な影響が起きているし、今後起こる可能性が増大するのです。
 マスコミは「被災地を国道がとおることができるようになった。」と報道しても「車は窓をあけないこと、停止してはならないこと、原付バイク、自転車はとおれないこと」などは記事にしません。
 若い牧師は、手詰まりの状態ですが、そこに生きて、小さな努力で小さな希望を心に刻んで「笑顔」を見せている人々に寄りそうことを怠らないようにしている、だからわたしたちヴォランテアたちは、両手を広げて、肩を寄せ合い、小さな輪をつくって毎日祈りをしています、そういって締めくくりました。

                                     雨貝行麿

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